この世の中は夢だ。
というのは、精神世界の話がすきな人には耳になじみのある言葉だろう。
そしてもう一つ、あなたは光である。というのもしかり。
さて、ここのところあまりブログを更新できていない理由が実はありました。
それは、私が作品を書こうとしているからで、
半自動書記で感じたことをそのままタイプしていく時間を
生活の中で確保していたということがあります。
私は、確か小学校の2年生の時に
「自分は作家になる」と思ったのを覚えていて
さらに15歳の時に脚本を書こうと。
その後、いろいろあって、結局オリジナルの作品というのは
数えるしか書いたことがなく(もちろん個人的に)
小説という形態のものは未だにかいたことがありません。
だけど、今ならなんだかかけそうだなという気がして、
それでせっかく生まれてきて生きているんだから
やりたいとおもっていることをやってみよう!と思い立ったのが、昨年の秋。
その後、ブログでこのことを書くのを意図的にやめておいたのは
書けないかもしれないから、という逃げの一手でした。
そして。
今、まだかけていません。
ただ、結構、自動書記による材料は集まってきた状態で、
なんだかすごく面白いストーリーがすでに手中にあります。
ああ、だけどこれを形にする技術がない。
まったく、一体これまで何して生きていたんだろうと思うくらい
せっかく手にした材料を
うまく調理することができないでいます。
でもやってみようとしています。
どうぞ、期待しないで応援してください。
(うわ〜、わがままなお願いだね)
あ〜、書いている内に
最初に書こうと思っていたことと全然違うことを書いてしまった。
言わないつもりが書いてしまった。
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そうそう、このところ、なんだかすごくストンと冒頭の2つのことが受け入れられて
「そうだ、そうでしかないんだな」と
なんか感覚でわかったという感じです。
自分は光を追い求め、光になろうとし、
そして葛藤を手放そうとし、
この世の夢から目覚めようとしていました。
そうしていること自体が、
迷路に迷い込んでいるんだな〜ってことに気づいたのは、
つい先日改めて
「私が光そのものだ」
という言葉にふれたときでした。
「見たい夢を見ているだけなのだ」ということが
本当にシンプルに説明している言い方なんだなと
とらえられた瞬間でした。
これは、
言葉でいま書くとすれば、
「そうなのだから、そうなのだ」
というだけのことでした。
なんて書きながら。
スポーンと解脱とか、悟りとか、ってところには
なかなか到達しないわけなんですけど。
ああこんなにも矛盾だらけの自分を
120%面白がって、
寄り道も楽しんでね。
春だから。
たくさん、寄り道しています。
はっとして涙した言葉が満載↓
抜粋
「死は私たちの恐怖の中で最大のものではない。
一番の恐怖は、生きる為に危険をおかし、本当の自分を表現することなのである。
ただの自分でいることが、人間の恐怖の最大のものである」
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人間がゼロ地点に戻るためにすることは
「人生の前半で自分が自分にしかけたトラップを解除すること」
トラップとは、合意して自分のものとして取り込んだ信念。
分離の夢を見るための、合意。
そして生きているということを本当の自分で創造していく過程は
「光(愛ともいう)として表現していくこと」
そして現時点での私の意見は、
二つの作業は、同時進行だ。
ということです。
すべてのトラップを解除したら光になれて、光としての表現が可能になる
のではなくて、
トラップは解除しながらも
今すでに光であるという事実を知って、
もう表現は始めていく
んだな。