ポストイットに走り書きした数か月前のインスピレーション。
最近開いていなかったノートからひらりと舞い落ちた。
書き留めておく。

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恐れ、怒りに基づいた自我の声(批判)は、
本人と相手を今ここから引き離す強力な吸引力を持つ。

魂の言葉は今ここでしかきくことはできない。
なぜなら、愛とは今ここが三位一体となったときに通るパイプを通して伝わるものであり、
その状態にない人には、届かないといえる。
受け取る状態にない。

しかしその人がその(三位一体の)状態になったとき、
過去の言葉は愛の表現であったと認知しなおされ
降り注ぐことができる。
そういう意味で、愛は時を超える。

「誤解された」といって悲しむことはない。
「誤解」は時がくれば、
聞き手が愛であると目覚めたとき、
解ける。

言葉は受け手と与え手の両者のギャップによって
伝わる愛の量は変わるが、
そもそもの愛がかわるわけではない。

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