今日から数回にわけて(たぶん1回では書ききれないと思うので)
12月22日に起こった出来事をシェアしていきたいと思います。

うまく書ききれないかなと思っていたのですが、
先日のやすらぎの部屋のアドバンスクラスでシェアさせてもらって
やっぱり記録として残しておこうという気持ちになりました。

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12月22日は秋から通い続けていたNLPマスタープラクティショナーコースのセミナー最終日。
NLPマスタープラクコースの内容には2つの大きな柱があります。
一つは、本来のしなやかな自分にもどるためのアプローチとして
内面の無意識的パターンにアプローチするスキルを扱う側面。
そしてもう一つが、本来の自分として、それをどのように出力していくか、表現するかという側面です。
つまり、自分で自分をプロデュースして、人前で話すためのトレーニングですね。

マスタープラクの最終日は、2つ目の柱の大ネタとして、みんなの前でプレゼンするという課題が設けられていました。時間は7分。NLPのネストループというテクニックを使い、3つの話を入れ込むということが決まりでした。テーマは「NLPを通して伝えたいこと」。
もちろん宿題として出されていましたので、事前に作りこむことはいくらでも可能です。

前夜。もう寝るってころに「ああ〜、いよいよ明日だな〜。なにしゃべろ」とようやく考え出した私。翌日バタバタとでかけ、電車の中で「あのネタとこのネタと・・・・」とぶつぶつ一人で考え(試験前の学生のよう)、駅から会場まで歩きながらまた考え・・・
セミナールームに到着。きっと午後からだろうなんて余裕でいたら、いきなり始めるという話。で、な〜んか嫌な予感がしたんだよね。。。
まんまと的中して、あみだくじで1番を引いてしまいました。(そんなものさ)

というわけで、えーい、なんとかなるわ。と3つのネタをひっさげてプレゼンに挑みました。

このバタバタがよかったのでしょうか。
事前に作りこんでいたら、きっとあのネタはカットしていたと思います。
なぜならそれは、私がこれまで生きてきた中で「人前で明らかにすること」をもっとも避けてきた話題だったからです。

そしてこの時はプレゼンに気持ちを向けていたから気づこうとしていなかったのでしょう。
右肩がなんだか異常に痛いことに。

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トレーナー「それではお願いしましょう〜どうぞ〜!!」パチパチパチパチ

私「どうも〜〜〜。よろしくおねがいします〜」

お笑い芸人のような入り。。。「芸人さんてほんとすごいな。これで笑い取りにいくんだから相当勇気いるよな〜」とつくづく。そんな感想はさておき。
私のプレゼンはこんな感じでした。

「1年半前NLPのプラクティショナーコースを受けたとき、トレーナーの方がこんな言葉をおっしゃっていました。
『少しでも前と違う反応・行動ができるというのは、とても大きな差なのですよ。それがたとえほんのちょっとの違いだとしても。固定されていたパターンがしなやかになっていくというのは、本来の姿にもどっていく上でとっても大きな成果なんです』。その頃はそんなものなのかな〜って思っていました。ただとても印象に残ったので当時のノートにメモしていました」

「6歳のころ。梅雨の晴れ間のある日のことでした。父がバケツを持ってこいというので、姉と私は素直についていきました。すると父は「知っとるか?かたつむりってフランスでは食べるんや」といい、私たちにそのへんの塀にくっついているかたつむりを捕るよう言うんですね。「へぇそうなんだ〜」と疑いもせずカタツムリを採取。バケツ一杯になったところで家にかえると父は母に炒めるように言いました。母は「これ食べられるん?」と一瞬怪しむものの、そのまま炒めたんです。確か醤油かなにかをかけて、家族全員で食べました」

「実は私アダルトチルドレンなんです。アダルト女優じゃないよ。アダルトチルドレンって言葉聞いたことありますか?アルコール中毒の親の元に育ち心に傷をもった子供たちの中で、大人になってある傾向を持つ人たちを指していう言葉ですね。そんな名前がついてるんだって大きくなってから知りました。私の母はキッチンドランカーで、私は小学校の時に自ら学校を休み、母を精神科に連れて行ったこともあります。父に「これは治るんだ。協力してみんなでのりきろう」と説得したこともありました。」

「どんな仮面をかぶっていても、本当は人はみな、光り輝く存在です。自分がそうであることを思いだし、ありのままで素晴らしい存在だということを自分に許してあげることができれば、他人のこともまたそのように受け入れていくことができるようになるのかもしれません。」

「かつての私は、誰かが名付けたアダルトチルドレンというものだったかもしれません。今はどうかな?もうそんな名前は必要ないと思います。なぜなら、その仮面はあるようにみえて、まったくなかったものだと、今は知っているからです。その仮面をかぶり脱ごうともがいていたかつての私に、御苦労さまと心から言ってあげたい。そして本当の自分はいままでもいまからも、まったく変わらない存在であるということを、自分に許せるようにやっとなれました」

「カタツムリの味は覚えていません。フランス料理のエスカルゴは食べたことないけど、あれとは明らかに違う代物だったと思うけどね。お母ちゃんがしっかり火を通してくれてたことが何よりの救い、みんな死なずにすみました。6歳の私にとって、父は絶対的な存在でした。大好きでした。大大大好きでした。だから、父が言うことは全部そのまま信じました。
これがNLPでいうところのラポールですよね。”信頼”です。信頼するということはすごいことです。カタツムリまで食べちゃいます。NLPでいうラポールとはテクニックでしょうか?きっとその言葉の裏には、命、存在に対する信頼があるのだと思います」

「少しでもしなやかになることは大きな変化なんです。という言葉の意味が、今ようやくわかり始めています。生きてくる中で、必要があって作り出してきた自らの生存パターンは、もしかしたら今ではもう必要ないものかもしれません。それに気づいて手放していくプロセスは、本来とても楽しいものだと気づきました。こんなチャンスをくれたNLPに、そして仲間のみなさんに感謝します。そしてこれから求める方々に、私が機会を提供できる側になれれば最高です」

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といった内容だったと思います。本番は勢いでしゃべっているので、
ここに文章化したものとは違っていたかもしれませんが、まあこのようなことを言いたかったと思います。

さて、私が「人前で明らかにすること」を避け続けていたのは、
カタツムリを家族で食べた衝撃過去・・・
じゃないよ。

プレゼンをいち早く終わらせた私は、後はみんなのプレゼンを聞くだけというとっても楽しい時間になるはずでした。
ところが、痛いんです。
右肩から背中にかけて、モーレツに・・・。





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