次なるイメージが湧き上がってきたのは、
一人目のあの男性の感情を感じた2週間後のことだった。

友人ヒーラーさんとの交換セッションの場で
彼女が私にこういった。

「ゆかちゃん、ものすごい怒りのエネルギーが立ち上がってる。
すごいよ。ちょっとその辺にあるような怒りのレベルじゃない。強烈だよ」

「えっ?そうなの?そんなに?」

私はピンとこない。だって、無力感は感じていても、怒っているとは思わないからだ。
それを彼女に伝えたらこう返ってきた。

「怒りを感じないように、同じくらいの力で怒りの感情を抑えてる。
それが強烈な無力感となって押し寄せてるんだよ。
無力感の奥にある怒りのエネルギーを感じて、
大声でさけぶとか、肉体を使って怒りを感じて出せるといいんだけどね」

そして翌日は、定期的に受けているヒーリングセッションの日だった。
見事な流れだ。
セッションの最中、
もう一つの「どうしようもない残酷な事実」の体験が一気に押し寄せた。

「戦争」だった。

歩いているのは、15歳の父だ。

「お父ちゃんだ」

思わずそうつぶやく。
今ここで出てくる意味がわからず、びっくりしたからだ。

父は15歳で戦後を迎えた。
広島にすんでいた。
原爆のその時は、少し遠い場所にいたそうで、無事だった。
しばらくして、広島の家のある場所にもどったそうだ。

父は多くを語りたがらなかった。
だから私は父の戦後の体験を詳しくは知らない。
それでも父はお酒を飲んで、
子どもの私に一度か二度、その残酷な景色をポツリと話したことがあった。

「お父ちゃんがな、歩いてたらな。皮の剥けた人の死体が道にいっぱいあってな…」

戦時中の燃料がない日々の中、
缶に油を入れてそれにひもを浸し、火をつける方法をとっていたと聞いた。
父のお母さんは、そのことが原因で火事になり
全身火だるまになったそうだ。
駆けつけた少年の父が、バタバタと布でたたいて、火を消したそうだ。
自分の母親の体の火を消す…
なんという体験だろうか。
幼い妹も巻き添えになった。

そして、お母さんと幼い妹は命を落としたそうだ。

父のお父さんは船乗りで、なかなか日本に帰ってこなかったらしい。
私のおじいちゃんの話だが、
残念ながらこちらも詳しく話してもらった記憶はない。

なにか言いたくない理由でもあるのかもしれないが、
今となってはわからない。

そんな父にまつわる歴史は、上に書いたぐらいは知っていて、
とても苦労して生きてきたんだなと思っていた。

ただ、慮ることはできても、共感することはできなかった。

その世界が巻き起こしたのは、一体どんな感情なのか、
心の奥底にどんな思いを閉じ込めていたのか、

セッションでそれを初めて感じることになる。

********

とぼとぼと歩く。
皮の剥けた死体が道端にころがる、あまりにも残酷なその道を。

15歳の若き少年の目にそれがどのように映ったのか。
ストレートに受け止めるにはあまりにも酷で、すごすぎた。

もう感じることをやめようやめようと、
必死で現実をシャットアウトしようと試みている。

それでも入り込んできては襲いかかる悲惨な現実・・・
受けるダメージを最小限にするのが精いっぱいのようだ。

頭をうなだれて、下をみて、早足で歩きつづける。
泣くこともできない。

固まって、
心も体もぎゅっと固くして
ショックが通りすぎるのを待つ。

どのくらいの時がすぎたのだろう。

ふつふつと奥底から声がわき出だしてきた。

・・・・
なんで?なんでだ!
生きるんは、こげんに大変なことなんじゃろか。
人間はどうしてこんな目にあわんといかんのんじゃろうか。
さびしい、怖いなんていうたってしゃーない。
誰かが助けてくれるわけでもなし。
怒ったってしゃーない。怒ったってどうしようもないじゃろが。
どうしようもないじゃろが。
じゃけど、どうしようもないっていって、このままこれを受け入れろというんか?
なんでこんなむごいこと、受け入れなあかんのじゃ。
嫌じゃ、嫌じゃ。
許せん。許すもんか。

おれが悪いんじゃない、世界がわるい!神が悪い!
神のせいじゃ!

え〜い、もうどうにでもなってしまえ!

・・・・・・
「自暴自棄」という行動は
むごい神に対する、復讐である。

・・・・・・・
そして子供の私は、
その葛藤パターンを引き受けた。

父を助けたいという、子供ならではの無私の愛ゆえに。

身代わりになることで助けようとした。

しかしそれを抱え続けたことで、
私も「自暴自棄」な行動を続ける生活をしてきたわけだ。

なるほど。

父を助けられなかった(と思い込んでいる)自分には
価値がない、力がない、どうせ私なんてなにもできない。

ちょっと前まで感じていたあの自己否定のループの根っこには
父の持つ葛藤パターンがあったわけだ。

これが、地震後私を襲った「無力感」の正体か。

テーマはびっくりするぐらい大きい。

「被害者意識」だ。

一人目の男性が感じ、
少年時代の父が感じ、
そして私が地震で感じた

同じ思い。

「むごい。どうしてこんな目にあわなきゃいけないんだ。
 なぜ神は、これほどまでにひどい被害を人間にあたえるのか」

集合無意識のなかにガッツリくみこまれた
「加害者がいて、被害者がいる」
というフィルターを
見つめなおして、手放そうとするチャレンジ。

無力感と寄り添いっていくその先で
こんなものすごい知覚の訂正に挑もうとしている自分に気づき、
正直、途方に暮れていた。

Comment





   
この記事のトラックバックURL : http://blog.remember-project.net/trackback/94

Calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>

半自動書記で執筆中!

yukaの本棚

Archive

Mobile

qrcode

Selected Entry

Comment

Link

Profile

Search

Other

Powered

無料ブログ作成サービス JUGEM