私を襲ったあるエネルギーは、見事に生きる気力を奪っていった。

「どうせ何もできない」

自分の力では太刀打ちできない大いなるものに対するあきらめ。
圧倒的な無力感は、絶望と呼ぶにふさわしい感覚だった。


その男は、畑仕事をしながら家族を養っている
60代ぐらいのやせ形の日本人のようだった。
言葉はなまっているからどこか地方なのだろう。
決して裕福とは言えない生活ぶりがうかがえる。

一体何があったのだろうか。

自然災害だったようだ。
どうしようもなかった。
逃げることも、ふせぐことも、到底できない。

そして、すべてを奪われた。
妻の行方が分からなくなったようだ。

荒れ果てた大地の前に立ちすくみ、
悲しみと、無念と、無力感と、
そして、神が起こした運命のむごさに、怒っている。

「なぜなんだ。なぜこんなむごいことをするのか。あなたは何を考えているんだ。
 私からすべてを奪って、どうしろというのか。
 それでも、生きろというのか。なぜ俺も殺さなかった? なぜ生かした?」

色とりどりの四季をみせてくれた景色も
生活の中にあった妻の笑顔も
一瞬にしてすべてが消えた。

そして世界は灰色になった。

色もなく、冷たく、厳しい世界。
そこから去ることも神は許してくれなかった。

地獄なのでは、なかろうか。


実はしばらく文字にすることをあえてしないでいた。

そう、地震後、私をのみこんでいた例の「無力感」についての、その後だ。

自分の中でこれがどのように展開し、
何を感じ、
どう着地するのか
様子を観察していた。

そして、今夜、書き始めようと思った。
とても貴重な時間だったと思う。
このプロセスを記録しておきたい。

*****
・襲ってきた無力感、その奥にいた二人の人物。
・抱えていた葛藤パターン、無力感からの自暴自棄のエネルギー。
・被害者と加害者、自然と神
・「自分を活かしていない」というメッセージ
・PTSDか、目覚めのチャンスか。
・導き
*****

こんな内容で。

明日から、UPしていきます。

「生きるとは、自分をいかしきること」

なんだな。

持って生まれた特性、
持っている感性、
同じものは一つもない、ユニークな個性。

全部、持前のもの。

自分を活かしきって、今を生ききる。
毎日はその瞬間の積み重ね。








3日前のことか。

夕飯のお好み焼きを焼いていた時のこと。

なぜか急にものすごい悲しみが押し寄せてきた。
怖くて怖くて泣きたいのに、固まってしまって泣くこともできない。
そんな小さな子供の感情のようだった。

「怖いよ〜、お母さん、怖いよ〜」

すごく恐れていることや、
それを言えないで我慢している感じ。
そして泣きたい、泣きたい。
悲しいのだ。悲しんでいるのだ。

お好み焼きをひっくり返しては「ワンワン泣き」
裏面の焼き具合を確認して、ひょいとひっくり返しては
また押し寄せてくる恐怖と悲しみに寄り添って「ワンワン泣き」
おいしそうに焼きあがったお好み焼きをお皿にのせる。

こんな感じで4枚焼いて、
卒業式に向けて遅くまで学校に残っていた子供たちを迎えに行った。

どんなお好み焼きやねん。

キャベツと干しエビと餅に、恐怖と悲しみ解放のエネルギーが入った
「お好み」焼き。

みな、おいしいと食べてくれたが。

************

友達のエネルギーヒーラーちひろさんと話をしていて、彼女が言ったセリフ。

「今ね、熱があってもできるぐらいのことをするぐらいで、ちょうどいいのかもしれない」

そう、集合無意識が開いているのか、
怒り、悲しみ、恐怖、無力感、責任感、自分をさておき頑張る!といった
いろんな状態が、
思った以上にそえぞれに湧き出ていて、

自分の中のものや
集合的なものや
いろいろが
解放されていこうとしているんだよね。

そんな時だから。

「自分を頑張らせない」という選択をしてみることにした。

自分のことは後回しにして、頑張っちゃうタイプの人、
子育てをしていて、そうせざるを得ないお母さん、お父さん。
大人が大変そうだから、自分はじっとこらえている子供たち。
被災者の方のことを考えたら、弱音はかずに自分ががんばるんだって

頑張って、頑張って、頑張ってくれている多くの方がいらっしゃると思います。

耳にするスローガンは「頑張ろう、日本」だもんね。

そんな時に
「Let's頑張らない」なんていうのもなんなんだけど。

ゆっくりと。
それを自分に許す。

今、奥底から、わかってほしがっている感情に
寄り添っていたいなと、思います。

「よく我慢したね。よく頑張った。
 あなたが頑張ってくれたお陰で、たくさんの人が救われているよ。
 もうゆっくりしたいって、言いたいよね。言っていいんだよ。
 ゆっくりしていいんだよ。ありがとう」

*********
私みたいに
「頑張らないことを許す」ことで、深い部分でほっとする人もいらっしゃると思います。

一方、こんなときだからと勇気がでて、
行動に移せることで、力が湧いてくる人もいらっしゃるのだと思います。

そうだ、その両方がみなの中にあるんだね。
どっちがいいとか、悪いではなくて。
どっちも持ってる。好きに選んでいいんだ。

どっちを選んでも正解。
1日の中で、その時その時で、頑張らない方が心地よかったり、
やってみた方が気持ちよかったり、入れかわることもあるだろう。

この時、頭で正解を考えることより、
奥底に聞いてみる方が、しっくりくる。

「どっちを選んだ方が、奥底がホッとするかな。嬉しいかな。喜ぶかな。楽かな」

まじめな私は、楽なこと=怠けている、と思ってしまっている。
でも楽なことと怠けることはイコールではない。
頑張らなくっちゃいけない、なんて誰が決めたのだろう。
決めていたのは、自分だ。

「頑張る」のは素晴らしく、「頑張らない」のはダメ。←しんどい

「頑張りたかったら」頑張ればよいし、
「頑張りたくない」ならそれもよし。 ←柔軟、楽。

子どもは「やりなさい」と言われると途端にやりたくないと言って泣き叫び
大騒ぎして疲れ果てるが、
遊びたいときは、「もうやめれば?」と言ったって、やめない。
そしてめちゃめちゃ元気だ。

遊び輝くその姿に、まわりは元気をもらうのだ。

ここのところ、いろんなセッションを受ける機会に恵まれている。
肉体面から。エネルギーレベルで。カウンセリングによる思考の気づき・・・。

私の中で、
今大きく手放そうとしているものがあって。

またその一コマが動いたようだ。

これが今とても大切なんだそうだ。

わかってはいたけれども。

わかってはいたけれども。

やっときた。

春の目覚めは
穏やかに、でも確実に、訪れている。

受入れていこう。
抵抗する必要は、ない。
だって、恐れることはなにもないのだから。

世界は何も変わらない。
私が変わるだけ。

私が変われば、
私の住む世界は変わる。

この一見矛盾したようなフレーズは
もう何度も繰り返し言い聞かせてきたこと。

なぜか。
という問いが大事なのではない。

どうありたいか。
それが大切なのですね。

私はシンプルな本来の自分に戻りたい。

自分でいることが、
楽で、
楽しく、
喜びであるように。

いつも、そこから、はじまりますように。

だからわかってあげよう、もっと自分のことを。

知っていることと
感じることの違い。
気が付いていることと
理解して受け入れることの違い。
いい加減認めることと
それごと愛することの違い。


私は誰ですか?

誰かな。





1月中ごろのことだったかな、友人が主催する「TOKA!!会」に行きました。
等価・・・自分が提供できるサービスを
自分が欲しいサービスを持っている人と交換するというシステムです。
お金をかえさずサービスを交換することで
「お金がかかるからやめる」、
とか「お金をもらうほどではないからやらない」
といった自分が自分にかけたストッパーをはずすことができて、
すっとサービスの交換ができてしまうという、まったく面白い会なんです。

さあ、そこで私はあるヒーラーさんと、セッション交換をしました。

そして、お約束を果たそうと、月曜日にセッション交換をしました。
お互い、それぞれに大きな気づきを得る時間となりました。

クライアントとしてやってもらって、私が気づいたこと。
それは、やっとそこの部分を自分で許して手放していくことに同意したんだねって思う
深いところでの自己否定でした。

でてきたのは、父でした。

私は小さい時本当に父のことが大好きで
とても強く父を助けたいと思っていたことを覚えています。
父の背中に手を当てて「この人のつらさや苦しみを私が全部引き受けるから、神様どうかお父ちゃんを楽にしてあげてください」って頼んだのを覚えています。

そこまでは覚えていたのだけれど、
そのことがどうして自己否定につながっていくのか、
私が自分を無価値だとし、自分を痛めつけるようなことを
無意識のうちにしていたのか。。。。

それは、「父を助けるといったのに、助けられなかった自分はダメなやつだ」という罪悪感でした。

私が関わってしまうと、その相手を助けることができないかもしれない。
私なんかにかかわらない方がその人はいいのかもしれない。

その思いが、子育てにもでたのでしょう。
子供をなんとか安全にしてあげたくて、
私は保育園(それもすごくこだわってやってくれる自然育児の保育園)
に子供を預けるという選択をするのです。
つまり、自分がやったらダメにしてしまう・・・から。

行動としてでていた
「ちゃんとしなくちゃ」と思うつよいこだわりの裏には
自分への信頼のなさがきっちり現れていたのでした。

そしてセッションをしてもらっているとき
ヒーラーのみかさんがこんな質問をしてくれました。

「今、お父さんに伝えたいことは何ですか?」

その時私の中からでてきた言葉

「お父ちゃん、ごめんね。助けられなくて、ごめんね。
だけど、本当は、お父ちゃんは自分の人生を、その時の精一杯で生きて
生きて生き抜いてきたんだよね。そしてそれは間違いじゃないし、
立派な人生だったんだよね。(現在要介護となった父)記憶がなくなってしまった今もお父ちゃんは大切な時を生きていて、ちゃんとすべてうまくいっているんだね。お父ちゃんのことを私が助けなくちゃいけないなんて思ってごめんね。本当は、私がいようがいまいがお父ちゃんは自分で自分の人生をまっとうして生きているんだよね。だからそれを応援しているよ。ありがとう。」

私の奥底にいた自分にたいする無価値観のもとは
父に対する愛でした。
私の愛は、
裁きたがる自我の手により、
自暴自棄という仮面をかぶって
私の行動に、生活に、人生に現れていたのです。

そして
自暴自棄のエネルギーは、仮面を脱いだら、愛のエネルギーなんだ
とわかったら、
すごく、すごく、ほっとしたのでした。

幼いころに抱いていた純粋な父への愛が
今こうして、
また本来の姿としてとらえられたとき

すべては、自我がつくった幻だったのだと
本当に受け入れることができて、
ただ涙が流れるのでした。

そんな気づきが得られた貴重なセッションを提供してくれたのは、
三浦海岸在住のヒーラー・澤智みかさんです。

今、一足早く
早咲きの桜が、三浦海岸の駅を満開で彩っています。

 セッションをしていると、
どうしようもない反応や感情の元になっているパート(自分の中のある部分)に
誰かほかの人のエネルギーが入っていたという場合に遭遇することが
しばしばあります。

このブログでもいくつかその具体例を体験とともにシェアしてきました。

「誰かのエネルギーを抱えてしまったまま大きくなると
それが行動や反応に影響を与えることがある。」

そのことを経験上、
またコアトランスフォーメーションのトレーニングをうけているとき
開発者のタマラから説明はうけていましたので知っておりました。

さて、この点について、ゲリーは著書「超入門アカシックレコード」の中で
このように解説していました。(P97より引用)


*********
私たちの体が結局は毒されていくのは、
なかなか自己覚知に至ることができないからです。

自己覚知できない原因は葛藤によるのですが、
それは子供時代に両親の葛藤を自分が取り入れてしまうことからはじまります。

たとえばあなたが小さいとき、父親がすごく厳しい人で
母親が従属するタイプの人で、そのことに母親がストレスを感じていたとします。

すると、母親のストレスや母親の恐れを子供のあなたは感じます。
子どもは、母親のストレスを吸収してあげようとして、
自分自身が変わってしまうことになります。
子どもは、母親のストレスを受け取って、それを変異させるのではなく、
そのまま自分のものとして受け入れてしまうのです。

もともと生まれたときはバランスがとれていたはずなのに、
ストレスを吸収することで変化させてしまい、
それが自身にとっての大きな問題になっていきます。

本当に小さい子供たちというのは、親を癒したいのです。
だから、父や母のストレスを自分が受け入れてあげようとします。
子どもたちのやっていることは、自分をなくした「無私の行為」です。
それは、お腹にいるときから始まります。

とくに、母親自身がサバイバル状態になっているときにはその傾向が強く現れます。
父親が母親を妊娠させた後に、どこかに姿を消してしまったなどといった場合です。
そうすると、赤ちゃんは、妊娠期間の最後の3分の1あたりから、
もうその行動に入っていきます。

本当に驚愕すべきことが起きています。

***********

自分の体験やセッションを通じで私が感じていること。

「そうやって吸収した他人のエネルギーは、
 本人がもういらないと気がついて手放す許可を自分にだしたとき、
 手放すことができる」

まずは自分の「本当に自分の気持ちかな〜」と思うぐらい
手におえない感情や反応や思い込みがあって、
穏やかなやすらぎを遠ざけるようなものがあるとき

「この反応をおこしている部分は、私だけのエネルギーですか?
 それとも他の人のエネルギーをもっていますか?」と
内面に質問してみることは、
とても大きな変化につながる可能性を持つ行動です。




 このところの展開の速さに、正直驚いている。

これが2011年の威力なのか。。。

謎の整体師・平野先生の整体を受けたのが、先週の金曜日。
あまりのセッション内容に、びっくりした。

約束の時間に駅まで迎えに行っても、それらしきお方は見当たらない・・・。
あれ?15分着の電車の乗りました〜ってメールきたよな。
25分になっても、姿は見えず、
私も「間違って反対にでちゃったかな?」なんて思い始めて
待ち合わせ場所から動いて少し探しにでかけた。

その時、
一瞬目の端になんだか他とは何かが違う人物が横切ったような・・・
もしや・・・と思いその方を追いかけると
やはり。平野先生その人だった。

「いや〜、のんびりしている駅だから、
 ついのんびり、買い物してました〜〜〜」

これが、初対面の最初の一言。
なんだかおもしろいことになりそうだ。

というわけで、セッション。
身体は正直にこれまでの生き方を、そして今の在り方を示してくれていた。
先生は、「そうかそうか、なるほど、うんうん」といいながら
身体の状態をチェックしていく。

すると先生がこう言われた。
「あ〜、すごい。ゆかさんの天使がまってましたって
ものすごいサポートしてくれてる。
今まで自分の守護天使さんが僕の手にサポートしてくれるのは
たまにあるんだけど、こんなことはめったにないよ〜。
なんかね、色でいうと赤茶色。きっと名前あるだろうから、調べてみて」

そして。

「小さいときかそれこそ記憶がないくらいの時に、
左側のおでこをかなり強くぶつけているみたい。
その衝撃が後頭部の方まで突き抜けてる感じ。
ぶつけたとか何か聞いてない?」

そういわれて、ぱっと思い出したエピソードがある。

私がよちよち歩きの2歳くらいの時、
父は不眠に悩まされていたらしく、睡眠薬を飲んでいた。
それを私はアメだと思ったのか、勝手にさわって、口の中にいれてしまったそうだ。
そうとは知らない母の前に、ふらふらと歩いてきたかと思ったら、
突然意識を失い、バターンと前に倒れたんだそうだ。
救急車騒動になったらしい。

平野先生は
「きっとそれだね。薬まではいってるから脳が衝撃をモロにうけたのかもね」

というわけで、左側のおでこと後頭部の外傷へアプローチしてくれた。

そしたらね、なんだかわからないんだけど、
自然と涙がでてきた。

先生「ゆかさん、天使さんがいつも見守っていたよっていってる。
ああ、どうしよう、僕まで涙がでてきた。
こんなことめったにないんだよ。ああ、すごい、すごい」って。

そしたらね、パーって記憶が書き換えられたみたいに、
2歳のころ(当時住んでいた同じ家、きっと睡眠薬事件の前だと思う)
みていたある風景が浮かんできた。

確かに左側の空中から天使が羽を広げてこっちをみている。
それを私は当たり前のように見ている。
「ああ、本当だ。いるわ。いてくれてるわ。今わかった」
って先生に言ったら、今度は先生

「あれ〜。ゆかさん、あなたに羽が生えたよ。うわ〜。
ここまで来た甲斐あった〜。いい体験させてもらった〜。
こんなところにリアル天使がいたなんて〜」

本当???
なんだかとっても身体とココロが喜んでいて、落ち着いていて、
やっと本来の私になれたって気持ちがぶわ〜って広がってくる。

ハートチャクラのところをチェックしてくれた時は、
「なにこれ?真っ白い光のエネルギーがすごいよ。
 ゆかさん、あなた何とつながってるの?」

いや〜、知らんわ。
だけど、コアトラで体験したコアステートで
「観音様」だと直感でわかっているエネルギーが
コンコンとわいてくるのを感じたことが何度かある。
きっと観音系なんだろうな…とは思ってました。
というと、
「そうね、観音様ね。あと、マリア様もいるね」
と先生。

マリア様もいるのか〜〜〜。
(にわかには信じがたいが、言われて悪い気はしないので、
 そのままありがたくそう思わせてもらうことにした)

なんだか、すごい展開だな。。。と思っていたけど、

ここから身体のゆがみを整えていくと
あるわあるわ、
私が抱えて大事に肉体にしまい込んでいた
感情、葛藤、カタマリ、痛み・・・・。

第3チャクラにたくさん感情がつまっているから
ハートチャクラまできている光のエネルギーが
うまくその下に流れていないという話。

そして時間いっぱい、体の声を聴いてくれたのでした。

*******
その日はとってもいい気分で、
ずっと違和感のあった肩甲骨もなんだかとってもスムーズ。
ルンルンで嬉しさいっぱいだ。

ところが、これは好転反応というべきか。
肋骨の隙間にためていた感情を刺激したからだろうか。
翌日から2日間
押し込めていた感情が一気に押し寄せてきた。

気分は最悪、悲しみで全身が包まれるし、
もうどうにもこうにも身動きが取れない。

なんとか
「これは好転反応。いちいち感情の波にのらなくていい。
通り過ぎるのを観察すればいい。
これは私のいらない感情。もう私のものではない。」

そう言い聞かせるが、思考は悪魔のように襲ってきて、
どうしようもないココロの声ややりきれない状態がループする。

*******
家族に素直に愛を表現できない自分がなさけなさすぎて、
どんどん思考で自己否定し、自分を追い込んでいく。

それは、相手に対する怒りを通り越して、
自分に対する失望へと変わり、
そして全身に後悔と悲しみが押し寄せる。

その状態は今の現状ともマッチしている部分があるものの、
思い浮かぶのは、ある場面だった。

「俺が悪いんだ。俺がいけないんだ」と自分を責める過去生の自分。
以前、過去生回帰のワークででてきたある男性の生涯の最後の場面。
私である彼は、草むらに倒れこみ、もう起き上がる気力もない。
奪われていく体力。寒い。
そして、体中で泣いていた。後悔しているのだ。
本当は愛していた。心から愛していた。
だけど、それをちゃんと表現できなくて
意地はって、怒って、すねて、追い出した。
見えているのは、年老いた母の手。しわくちゃな手をしている母。
自分が悪かった。そう思っている。とっても後悔している。

そのつらさは「愛されなかった」つらさではない。
「愛せるはずの場面で、愛せなかった」ゆえの、つらさだ。

ただ愛する。。ということが、どうしてこんなに出来ないのだろう。。。
*********

この状態・・・自分ではもうどうすることもできなかった。
しかし、そこにちゃんと救いが用意されているのだから、すごい。

実は以前「やすらぎの部屋」でクラスがご一緒だったヒーラーさんが
新しいワークを構築され、そのモニターになってくれないか
という内容のメールをくれていたのだ。
もちろん面白そうなのでモニターに申し込ませてもらっていた。

そのセッションが、日曜日の夜に入っていたのだ。
電話で話しながら、エネルギーワークを遠隔でしてれるというもの。

私はなんとかココロを落ち着かせてそのワークに臨んだ。

「もしもし〜」
元気を装ったつもりだったけど、あっさりバレた。
「あれ?ゆかちゃん、どうした?」

ということで、経緯を話し、状態を話した。
そしたらね、急きょ、内容を変更してくれて、
今の私によさそうなワークをしてくれた。

喜びのエネルギーを送ってくれてプロテクションをしてくれて。

それが終わってから、彼女が何気なく言った。

「あのね、実はもう一個あるんだけど、ちょっと荒業で。。。
今解放できる葛藤を一気にどんと全部抜いてしまうっていうのがあるんだけど。
ただかなり荒業だから、おすすめしてないんだけどね。。。
ちょっと痛みとかもでるかもだし。。。どうする?」

私の頭では「えっ?どうしようかな。。。やらない方がいいのかな」
なんて思うのに、
左側から「やれ、やれ」っていう概念がバンバンくるのだ。

なんかその左側の勢いに笑えてきてね。
「(笑いながら)いや〜、すごいよ。やれやれ言ってる。」
と彼女に伝えて、やってもらった。その荒業を。

そしたら、ぐわ〜って全身に悪寒みたいな寒気が襲ってきて
「左側の背中の真ん中あたり」がズーンと痛くなった。
痛いよ〜って彼女に言ったら、ちゃんと対処してくれて、
しばらくすると痛みも消えてなくなった。

さあ、ここからが面白い話。
私は、彼女が知り合いみんなに一斉に
「モニターやってくれませんか?」メールをおくっているのだと思っていた。

ところが、送ったのは私一人なんだそうだ。

というのも、誰にモニターになってもらえばいいかな?と思って
タロットカードに聞いてみたんだそうだ。

一枚目にどーんと書かれていた大きな字が「リメンバー」。
もう一枚引いたカードの中にも「リメンバー」。
それで彼女は「ああ、ゆかちゃんだ」と直感し、
私にモニターを依頼してくれたという。

さらに。
私が「ぜひお願いしまーす」とモニターセッションの予約メールを送った際に
ちゃんと私のガイドさんと交信してきいてくれていて。

「とってもやさしいすごくやさしいイメージのガイドさんが、
 お願いしますっていう感じの返事をくれたの。
 それが不思議で…なぜだか、左側だけなんだよね。
 色でいうと下が白っぽい水色で、上にいくときれいな緑色。
 いつもだいたい真ん中っていうか、
 画面でいうと中央にガイドさんがいる感じがするんだけど、
 なぜかゆかちゃんのガイドさんは左側だけに感じて、
 右はなにも感じないんだよね」

やはり、左側にいるのですね。天使さん。
ちょっと前の記事にも書かせてもらったんだけど、
NLPのワークで見えてきた
肩にのっていたエンジェルのような存在も、左肩だったし。

なんで左なのかはさておき、
とにかく、サポートがかなり入っていることを実感した3日間でした。

*****
あ〜。展開早いわ〜。
その後、すっかりディープな気持ちの揺れは過ぎ去って
落ち着きを取り戻しています。

私に遠隔でワークをしてくれたヒーラーさんの情報は
モニターを完全に終えたときにちゃんとお知らせしますね。

実は、本来モニターをやってくださいと頼まれていたセッションは
延期になっているので、まだ未体験。
彼女の真骨頂を感じて、またリポートします。
お楽しみに♡

*****
整体中に言ってくれた平野先生の言葉

「背中はね、自分じゃ押せないでしょ。誰かに押してもらえばいいんだよ。
 押しあいっこして、楽になっていけばいいんだからね」

そう。
全部自分一人で抱え込んで、一人でなんとかしなくても、いいんだ。

手が届かない所は、誰かにやってもらえばいい。
それを自分に許しても、いいんだね。

サポートしてくれた(いろんな次元の)みなさま、
本当にありがとうございます。

 ゲリーは言いました。

「2011年は思考と肉体の関係もさらに密接になります。
 体の声に耳を澄ましてください。このことは非常に重要です」

「もう5杯目のビールはいらないなって体がいったら、
 4杯でストップしてくださいね。」
身体からのサイン、メッセージを無視しないこと
・・・う〜〜これは身につまされるな〜・

さらに。

「自分が好きじゃない自分の癖や習慣をやり続けるなら、
 それが大きな問題をうみます。習慣がうみだすのではなく、
 その習慣を続けることによる「葛藤」によって生まれるのです」

例えば、たばこ。

やめなきゃな〜。やめなきゃな〜って思いながら吸っていると、
そこに生じた葛藤が、例えば病気やトラブルとして現実化するといいます。


ということでもちろん
フォーカスするのは「健康」。

「あの病気になったらどうしよう」と思っていると、
本当に病気を招きこみますよ。
病気を思考でご招待してしまわないように、注意してください

って言ってました。
「インフルエンザが流行ってる、かかったらいやだな〜」
というのは、禁物ってことだね。

そしてもう一つの特徴として。

2011年は体がチェンジしようとする。

その現れ方として、
なんだかわからない肉体の痛みが増えるそうです。
というのは、肉体自身が
肉体にあるブロックや停滞していたエネルギーを
解放しようとするそうなんですね。
だから、なぜか関節とか腰とかが妙な痛みを感じ たりすることが
起こるでしょうということでした。

これは別に怖いことではなくて、どっちかっていうと
いいことかもしれません。
ずっと運動していなかった のに急激に動いて
変なところが数日後に痛くなる
・・・そんな感じだということでした。

また、これまで以上に、食べ物にも気を使う必要がありそうです。
ゲリー曰く、脂肪、小麦、糖分は取り入れるとかなり体に負担になるそうです。

・・・ドーナツとか。バターたっぷりのケーキとか。
子供が好きそうなやつはほとんどだね・・・。
だから食べないっていう選択肢もあるんだろうけど、
そこはアメリカ人のゲリー、

「35歳以上の方は、消化酵素をとることをお勧めします。
アメリカでは知ってか知らずか直感で消化酵素を買う人が増えているんですよ」

と言っていました。

そして強調していたのがこれ。
「運動してください!エクセサイズ!!」

ああ〜〜。
肉体面のことは、私ぜんぶ身につまされるわ〜。

というわけで、私にも明日は肉体面からのアプローチが待っています。
以前から絶対受けたかった野口整体の平野先生の整体を受ける予定。
あ〜楽しみ。
またご報告しますが、平野先生、謎の人物。
明日、知り合って、いっぱいその魅力を感じてきます。

今年は、運動・・・する?
しようよ!自分!




 ゲリーが言った。
「今年こそ”意図”が大切な年ですよ!」

「何かから逃げようとすると、それがやってきます。
 嫌なことを避けようとして、いい方を欲しがると、
 嫌がっているそれが、食らいついてきますよ。
 あなたの動機が大切なのです。


ほらまた、同じ話だ。黒斎さんも一生懸命伝えようとしてくれた。
引き寄せの法則のあのポイントだよ。
雲黒斎さんロングインタビュータクシーの運ちゃん

「貧乏が嫌」だから「お金が欲しい」と願ったなら、
今年はいつにもまして「貧乏がくらいついてくる」そうだ。

「豊かであることのシアワセ」を十分に感じていれば、
それはまた増えていくでしょう。

さあ、どこにフォーカスしているか。
それは単に言葉の問題じゃないよ。

 自分のエネルギーの質に
「恐れ」が入り込んでいるのか、
「愛」で満たされているのか。(もくしは、喜び、ワクワク、満足感など)
ここにかかってくると思います。

奇跡のコースが伝えようとしていることもまさに同じこと。

「自分は愛であり、光であり、完全なる存在である。」

上の言葉を単なる知識としてではなく、
実感として、体験として、腑に落ちた状態で知っていて
このことを、意図して存在し
愛からみた世界を創造し拡張していく。

奇跡のコースのやろうとしていること。

これまで私たちは自我の名のもと
「勝ち残り、生き残る」ことを最大の優先順位にして
「自分は欠けているから補わなければならない。勝つためには〇〇をしなければならない。」と信じてきました。

「欠けている」からスタートしている自我の思考体系で世界をつくってきました。
そこの根底にあるのは「恐れ」です。
ここから生じるのは、怒りであり、葛藤です。

これを
「私は永遠なるスピリットであり、完全に愛されていて、満たされている存在である」
ここからスタートする思考体系にチェンジすること。
そこから生じるのは、癒しであり、奇跡です。

これが奇跡のコースのプログラムの目的です。

メガネをかけかえれば、そこに広がる世界はまったく違うものに映り、
体験すべてが変化していく。
と、奇跡のコースは教えます。

さて。

ゲリーはいいました。
「鏡をみて、こっちを見返している自分のイメージが
 何にみえるのか。何とみるのか。
 これが本当に重要です。

 感情と思考がぐちゃぐちゃにからまっていたら、問題を引き起こす。

 今年の前半は、自分のシャドウをみて、その中に何があるのか、
 みてみることをお勧めします。

 あなたの影が終わりになるかもしれない年です。
 自分自身と自分との関係を見直してください。

 あなたの直感がガイドです。
 あなた自身が自分の無限の可能性に目覚めはじめるときです。
 感情エネルギーを使って、自分の欲しいものを手に入れるよう
 つかってください。

 世界を「善か悪か」でみたら、それは善と悪のあるその世界です。
 悪を嫌がるがゆえに、善を求めたら、悪に力を与えます。

 私は決して「戦争をなくそう」とは思いません。
 私は「世界が葛藤から自由になって、人々が人生を生きていけますように」
 と意図しています。

 これはとても大きな差なのです。
 とても注意深くしている必要があります。

 どう意図しているか、ここに明晰であって下さい。

 あなたが何かを怖がってるとして、大抵欲しがっているのはその正反対のものです。
 しかし、手に入るのは恐れているものです。

 明確に意図すれば、ハートの望みが本当に手に入ります。
 2011年は増大、チャンスの年。
 自分の精神、マインドの状態に気を付けていてくださいね」

繰り返しますが、意図はシャープに明晰に。ってことらしいです。

おまけ。

質問タイムの最後におじいさんが聞いてくれました。

おじいさん「みなさんの高尚な…レベルの高いご質問の後に生々しい質問で恐縮ですが、
 今年、投資するとしたら、何がいいですか?」
ゲリー「お金に余裕があるなら、絶対ソニーの株は買いですよ」
おじいさん「ありがとうございます!」

おじいさん、直球ストレートど真ん中、最高〜。

(私は、シャープとソニーをだしたかっただけ。。。。)



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