ちょっと前に娘たちがB型インフルエンザになって、
39度台を数日間、
ぐったりして動かない娘をみて
「大丈夫だろうか?」とハラハラした。

子育てを経験している方なら、きっとみんな同じ思いだろう。

お医者さんに行っても、
1時間まって診察3分。
お薬がでて、はい、おわり。

母はそれで安心を得られるだろうか。

自分の子供について、身体の状態について、
大丈夫なのか、大丈夫じゃないのか、判断がつかない。

ましてうちは、極力必要のない薬は使わないようにしているので、
ホメオパシーのレメディを使いつつ、
子供の治ろうとする生命力頼みだ。

でも、先日のB型インフルの時はさすがに5日間高熱でぐったりした娘の姿に
「もしや脱水とかになってたらどうしよう」と不安になって、
再び小児科を受診した。

「肺炎も脱水もおこしてないですし、
 まあ、お薬も飲んでもらっているので、このまま様子みましょう」

とお医者さん。

お薬は咳止め鼻水止めの総合風邪薬だったから、
もらったけれど飲ませてなかった私は、
なぜだかちょっとばつが悪い。

自己判断でいうことを聞いていないという罪悪感か

いやしかし、B型インフルエンザにもともと風邪薬は関係ないし、
鼻水も咳もでたいものは出した方がいいし、
身体がやっていることだから、止めない方がいい。
と思っているから、自分としては納得済みなんだけど。

「なんかあったらどうするの!?」と
言われてもいないセリフが、言われそうで、嫌な空想ばかりが始まる。

いいと思っているやり方を「本当に大丈夫か!?」とささやくもう一人の私の声があり、
そういう声が内にあると、
ちゃんと現実にもその通りにささやいてくれる人物が現れたりするのだから、
見事に現実化していて、世界は本当にうまくできている。

赤色にした箇所が、私が作り上げた幻想だ。
そんなものはない。
のに、あたかもあるかのように作り上げた恐れであり、
それを自分でこしらえておいて、またそこに戦いを挑んでいる自分がいる。

自分を正当化しようとして頑張るもう一人の自分は
そのことを否定する自分をつくってこそ、出現できる存在だ。

*******

実は娘がインフルだとわかったとき、
自分の内面でガイドさんに聞いてみた。
「大丈夫かな?」

すると「大丈夫。何も問題ない。すべて順調」という返事。
そして手厚くサポートが入っているような気もした。

なのに、時間がたってもよくならないと
その内面で受け取ったはずの言葉にも疑いが生じはじめる。

あれは気のせいだったかも。
やっぱり大丈夫じゃないかも。

こうして上の赤色の言葉が力を持ち始める。

*******

身体の状態を把握するための、一つの方法として
野口整体にこのようなものがあります。

脈と呼吸の関係を観察して

一息四脈なら心配ない。
一息二脈なら異常。


また、汗がでて平熱以下になってから1日は休養をさせる。

そうすると体は発熱前よりもっとすっきりとして
整った状態になるそうです。


ご参考までに。

********

数か月前、やけどをしてしまった長女といった皮膚科でのこと。
ある素敵な女医さんが私にこういった。

「お母さんの直感で、なにか感じたら早めにきてください」

そんなセリフをさらりというお医者さんがいることに
なんだかとっても嬉しくなったのを覚えている。

西洋医学がいいのか、代替医療がいいのか
どちらかが正解でどちらかが間違っているのではない。

母親としての正解を追い求めて頑張っていた私のなかの部分に
今ならやさしく声をかけられそうだ。



頭で考えないで。
あなたのやることは正解をだすことじゃないよね。

あなたは、目の前の命を愛したい、
ただそれだけだよね。

目の前の命を感じて、直感を大切にする。
まずはそのことに誠実でいよう。



いつ書いたものなのかそれすら忘れてしまったが、
今、なんでも書いているノートを開いて、
ちょっと前に自分が書いたものをみた。

ら。。。

なんだろう。
深すぎて、しばらく考えてしまった。

インスピレーションが来たときは一気に急いでメモするんだけれど
後から読み返すと、本当に自分が書いたのかな、
と思うのはいつものことだ。

**********

娘をもう一人の自分として心から感謝をもってみることができたとき、
あなたは娘と、
娘が負っていることを癒すことができる。
それを我が一部とするからだ。

癒しとは、完成される輪である。

癒し手と、何かを引き受けた人

親子など、直接関係のある人は、
特に近しく同化しているがゆえに引き受け、
愛あるがゆえに癒す。

助け合っている。愛し合っている。

どちらの行為も愛の表現なのだ。

それは『大いなる自分』に対する愛、いとおしさ。

このことに気づいて同意するとき、
責任という言葉は愛と同義語となる。

************

うちの子供たちがB型インフルエンザにかかり、
かれこれ1週間。

長い!

B型インフル恐るべし。

まるちゃんは5日間9度台をさまよい、
7日目にしてようやく微熱から平熱を行きかうところまで回復した。
本当によくがんばった。

姉はそこまで重くならずに3日で熱がさがり、解熱後2日をへたので
明日から登校できそうだ。

・・・報告でした。




昨日はとっても気持ちのいい天気でしたね。

春の気配があちこちにあって、
こんな日は緑の中を歩きたいと思って

自然公園を歩いている友達に仲間にいれてもらい
1時間、がっつり歩いて自然を満喫してきました。

オオイヌノフグリが咲いていたよ。

おじさんたちがプロ仕様のすごいカメラをもって
静かに何かをまっていた。

めったにおめにかかれない鳥がいまこの草むらにはいりこんだんだ
と教えてくれた。

おじさんたちはみんな自分がやりたいからやっているだけで

仕事だからとかやらなきゃいけないから
といった動機では動いていない。

本当に「好き」という理由以外何もなさそうだ。

あと自分のペースで歩いている人や、何かをみているご夫婦や
たくさんのおじさんおばさん、おじいさんおばあさんが
自然公園で動いていた。

******

春の気配は確実に訪れていました。

その後、ずっと見たかった「麒麟の翼」を映画館でみて
何も考えずに一日ただ遊びました。

夜はカレーにしたんだけど、
やっぱり肉は入れられなくて、
シーフードカレーにしました。

ルーも米粉でつくったルーというのをスーパーで発見。

米粉カレー














肉の油は一切はいっておらず、
植物油とスパイスだけのおいしそうなルーで
にっこり。
(こういうのは自然食品店にはあるけど、
普通のスーパーにはなかなかおいてないんだけど、
いつものスーパーが初入荷。よくやった!)

おいしかったよ。

このカレーも、近所にある井上スパイスさんが作った商品。
本当にカレーが好きでつくっている小さな会社だけど
こうやって愛情こもったいいルーをつくってくれて
嬉しいです。

やっぱり、愛することをするって素敵だ。

  • 2012.02.17 Friday
ちょっと前に熱がでた。
子供の風邪をもらったのだろう。

熱と言っても、微熱で、たいしたことなく1日で平熱になった。
ところがその後ひどい咳にみまわれて、
1週間、夜横になるとせき込んで肺が痛くなるほどだった。

自動書記でヒーリング方法をガイドしてもらいながら
自己ヒーリングをためしてみたら、
翌日には快方に向かった。

大切なのは
「この咳のもととなっているものを解放すると意図すること」なんだそうだ。

まあ、そんなことをやってみたりして
自分なりに楽しんでいたのだけれど、
思わぬ変化が体に起こった。

肉を受け付けない。

魚もダメだった。

そして味が濃く感じて、どれもこれも料理が失敗に思えた。

「うわっ、この魚、臭い!食べられない。腐ってはないけど、かなりやばい」
といって自分で買って作っておきながら、そういってみるも、

私以外の家族は全員、
「そうかな〜」という感じ。

「味が濃すぎた、ごめん」とあやまるも、
私以外の家族は
「全然大丈夫だよ」という。

かれこれもうだいぶ前から牛肉は受付けなかったのだけれど、
豚肉と鶏肉はおいしくいただいていた。

ところが、あの風邪以降、
肉がどうも無理。

でも昨日ベーコンは食べられた。

だからきっと
病み上がりの身体だったせいなのか。

肉も魚も使わないとなると、
それでなくてもワンパターンなお決まりの料理から
さらにメニューが減り、
キッチンに立つと途方にくれる。

結局考えるのが嫌になって、
冷凍庫の鶏肉を使って、今日も煮物を作った。

きっと肉には手をつけないだろう。

まあ、家族はおいしいと食べてくれるのだから構わないが。

いつまで続くのかな、この味覚。

妊娠したかも!という懸念をいだいてくれた方、
先に言っておきますが、妊娠はしていません。

肉を食べたら、報告します。

では!



10年前から本棚にありながら、
ずっと素通りしてきた一冊の本がある。

売るか捨てるかすればいいのだろうが、
なんどもあったその振るいを
なぜかいつもクリアして、
本棚にまたちょこんと舞い戻る
捨てきれなかった本である。

「ハリウッド脚本術」

脚本を書こうと思う人が手に取る本で、
本にがっつり取り組む気にならなければ
最後まで触れることができない本でもある。

つまりかなり実践的に説明してある本なのだ。

(そして10年前の私は10ページ程度で離れてしまっていた)

この本をひっぱりだしてページをめくっていくと、
うひょ〜、やっと私が理解できる状態になったから
読んでいるんだと。

だって、全部かいてあったんだ。

しかも、ちゃんと先に体験があって、
あとから説明をしてくれているんだから、
いつもながら、ガイドさんの仕事は、順番も見事だな。

*********

最良の脚本には、組み立てられた登場人物は存在していない。

彼らはあなたの中に生きており、
あなたの仕事は、彼らが表に出てくる方法を見つけることである。
あなたは登場人物の創造者ではなく、発見者にならなければならない。
ある意味で、あなたは降霊会の霊媒のようなもので、
登場人物をあなたの創意に富んだ想像力の中で育ちつつあるドラマに
参加するように呼び出すわけである。

登場人物を呼び出すとは、耳を傾けるということだ。

書くというのは、作文をするということを意味していない。
むしろ、書かれるのに任せるのだ。

すなわり、キーボードに指を置いて、待つのである。
そして、耳を傾ける。耳を傾けて待つ。

あなたの登場人物は話し出すだろう。
それが起こり始めたら、タイプを始めて、
登場人物が何も言うことがなくなるまでやめてはいけない。

たぶん、30〜60ページの材料を得られるだろう。

あなたの登場人物の本能を信頼するように。

「ハリウッド脚本術 プロになるためのワークショップ101 より抜粋」
*********

書くということは、この世にでたがっている人物を発見して
降ろしてあげることなんだよな〜。

過去生の人物もでたがっていて、
それを今の地上に形としてうみ出す行為は、
過去生の存在が伝えたがっている想いを解放する、
癒しのプロセスなんだそうだ。(←と直感で受け取ったことがあって)

筆が止まっています。

更新、なかなかせずにいます。

毎日のぞきにきてくださっている方々、
ありがとう。

****

自分を動かすイメージとして昔から差し込まれていたのは、
ガンダムのようなモビルスーツ(肉体)の中、
頭の部分に操縦席があってそこに座って動かしている。。。

そんなイメージでした。


こんな話はしたことなかったのに
先日の平野先生の整体のセッションにてこう言われた。
私の場合、

「操縦席は、頭にあるんじゃなくて、
 お腹、丹田のところだよ。」

そうか〜。
そこに操縦席があるんだ〜〜〜。

またしてもいつもの得意なやり方で
第三の目、頭の部分に操縦席をおいていたのですが
その言葉をいただいて、
お腹の操縦席にエネルギーをおく、と
意識してみた。

なんだかそっちの方が
落ち着くような気がしてくるから不思議だ。

お腹の操縦席って、

情熱なんだそうだ。





昔からアンパンマンがなぜかすきで、
子供に与えるキャラクターというのではなくて、
作品自体がすごくすきで、
大人になってから独身時代もなぜかアンパンマンは楽しみにみていた。

今日、おもうところあってまたネットでいろいろみていたら
結局ここにたどりつき、
あらためてすごいなと思った。

子供のころに歌った
「僕らはみんな生きている、生きているから歌うんだ」
という歌詞の
迫ってくる本気度を
幼いながらも、まっこうから感じていたんだと、思う。



アンパンマンのマーチ

作詞:やなせたかし 作曲:三木たかし 編曲:大谷和夫

そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも

なんのために 生まれて
なにをして 生きるのか
こたえられないなんて
そんなのは いやだ!

今を生きる ことで
熱い こころ 燃える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため

なにが君の しあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのは いやだ!
忘れないで 夢を
こぼさないで 涙
だから 君は とぶんだ
どこまでも
そうだ おそれないで
みんなのために
愛と 勇気だけが ともだちさ
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため

時は はやく すぎる
光る星は 消える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ どんな敵が あいてでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため


今日はたまたまなんとなくでいろいろとあいなった。

朝、めずらしい友人から電話がかかってきた。
たまたま私が夢にでてきたからということで
「遊びに来ないか」と電話をくれたのだった。

なんかありそうだな、、と思って、午後おじゃますることにした。

午前中、なんとなく今日は久々に自動書記で対話をしよう
という気持ちになってパソコンに向かった。

そしたら、イメージとともに、エネルギーヒーリングの方法を教えてくれた。

私の状態を整理するためには
まずつながったままになっているエネルギーコードを切って
きったところを白い光で包み込むという作業をしましょうということだった。

クラウンチャクラのど真ん中にはぶっとい光の柱とつながっていた。
それは切らないでいいということで、
切るのは頭につながっている細いエーテルコード、32本!

え〜っ32本!?
いつのまに32本も繋がったままになっていたのか。
さっぱりわからないけど、
それでかなりエネルギーをロスしているということだった。

だからイメージの中でそれをやってみた。
そしたら急激に眠気がやってきて、
途中から爆睡してしまった。


午後。朝電話をくれた友人の元へ。
子育ての話などいろいろと盛り上がる中、
彼女が習得したパワーストーンを使ったヒーリングをやってもらうことに。

受けている間に、家でやっていたエーテルコードを切るオリジナルワークの続きが
イメージでやってきて、「ああ、そういうことなんだ」と妙に理解した。

その後話している間に、
またまた会話の流れから交換にセッションを提供することになり
私も超オリジナル、感じるままのエネルギーヒーリングをやりました。

そしたら、またなんだかビジョンが見えて、
まったくもって感じるまま、直感にしたがったセッションとなったのでした。

*****

さて、なんとなく始めた自動書記で
日常のエーテル体のメンテナンス方法を教わり、

たまたま夢にでてきたという理由で電話をくれた友人と交換セッションとなり

そしてなんだか理解が深まった一日、
終わってみて今日の最後に一言。

こんなことに、たまたま、なんてあるか!!!!
絶対、必然じゃ〜〜。

あ〜、面白い一日でした。

今年がはじまってもう1月も半分。
ブログの更新がさっぱりですみません。

今年も書いたり書かなかったりですが、どうぞよろしくです。

******

いろいろ書いていくノートをペラペラと見返していたら、
昨年暮れあたりに次女が言ったセリフが書き留めてあった。

この次女は本当におもしろい存在で、
これまでもたまにこのブログに登場してきましたが
今年からちゃんとしたキャラでのご登場とします。

紹介します。
まるちゃん(7歳)。

******

「まる、お部屋について言う〜の巻」

我が家の和室。
いつも家族がくつろいでいる部屋である。
この日は割とものが散乱していて、片付いていない状態。

そこでごろごろしていたまるちゃんが、なにげなく言う。

まる「ママ、この部屋っていつもキレイだよね」

私(;O;)「ど・どこが!? 服は落ちてるし、ものもたくさん散らばってるし」

まる「それだけでしょ。落ちてるだけでしょ。
   キレイだよね。」

私「・・・・・」

******

「まる、ママを観て言う〜の巻」

ある日、走ってきたまるちゃんがくるなり言う。

まる「ママは本当にかわいいね〜」

私「あ・・・・ありがとう」

*******

無邪気というより、もはや聖霊の視点??

まるは突然、
前後の脈絡関係なく、
印象的なメッセージを声にのせてつたえてくれる。

日々はたいてい3つ上の姉にむかって
「バーカ!」とわめいているが。。。


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